川崎大師、六郷の渡し、商売は道のように世界でつながっている【商標登録・マドプロ出願申請】

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東京都港区高輪  
プレシャス国際特許商標事務所

弁理士  日本弁理士会会員

川崎大師、六郷の渡し、川崎市、大田区の道は世界につながっている【商標登録・マドプロ出願申請】

東海道のように道と同じで商標登録はマドプロ出願申請により世界につながっている

東京都大田区と神奈川県川崎市の間に多摩川が流れています。その下流に六郷渡しがありました。そこに、橋ができたのが、1600年、徳川家康がつくりました。橋ができて、東海道が整備されていきました。
世界中の商標登録もマドプロにより、日本の商標登録がつながるのです。
商標登録も道を同じようなものといえます。

商標登録の機能

商標登録は、自分の商売の店と他人の店を区別する自他識別機能があります。

その機能は重要です。

今も昔も商売する上で、その他の店と自分の店との区分けをする必要があります。

店を区別できなければ、お客様は、よいと思っても、再び、自分の店に来ることができません。

商売と道と商標登録

商売する上で、道が大切です。

道と同じように、商標登録はつながっています。

日本の商標登録は、例えば、マドプロ出願申請により、世界につながっています。

六郷の渡し

商標登録と六郷の渡し
東海道は、本格的に、徳川家康が整備しました。

江戸時代の東海道には、六郷の渡しがありました。

六郷の渡しは、今の東京都大田区と神奈川県川崎市の間。

徳川家康は、1600年(慶長5年)、関ケ原合戦のときに、六郷の渡しに橋を架けました。

織田信長、豊臣秀吉は、商売を活発にするため、道を整備しました。

道を整備して、人と物の往来を活発し、商売を盛んにしょうとしました。

家康も、それに習い、初めて、多摩川の六郷の渡しに橋を架けました。

しかし、88年後の1688年(貞享5年)に洪水で橋が流されてしまいました。

それ以降、186年間、1874年(明治7年)まで、橋はありませんでした。

橋はなく、渡し船で川を渡っていました。

東海道は、日本橋から、京の三条大橋までです。

東海道の宿場町は、江戸から行けば、最初が品川で、次は川崎になります。

川崎は宿場町でしたが、簡単に言えば、あまり繁盛していませんでした。

そこで、川崎の宿場町は、渡し船の権利を獲得することに成功しました。

川崎大師様と初詣

東海道の六郷の渡しには、川崎大師様の道しるべがありました。

東海道を左に曲がり、川崎大師様に行くことができました。

人や物の往来が盛んなほど、商売が発展します。

1872年(明治5年)、鉄道ができました。

横浜と新橋の間に、鉄道ができました。

その間に川崎はあります。

川崎には、鉄道ができ、六郷の渡しに橋もできました。

また、大師線は、初め、川崎駅からではなく、六郷の渡しが始発で、川崎大師様まで、電車で行くことができるようになりました。

このように電車も整備されて、川崎大師様に、人々が益々行くようになりました。

そして、お正月に、川崎大師様に行くようになり、そのことから、初詣が始まったともいわれています。

初詣は、日本の歴史から見れば、最近のことのようです。

商標登録は船のようにマドプロ出願申請でつながる

道がつながり、発展するのは、古今東西、今も昔も同じです。

昔は、船で時間がかかり、世界中が商売でつながっていました。

船で、日本から西欧に行くのに、船にもよりますが、1年程度かかることもありました。

今は、インターネットで瞬時につながります。

日本の商標登録を昔でいう船のようにつなげるためには、マドプロ出願申請する必要があります。

自分の商売を守り、さらに発展させるためには、商標登録は必要なのです。

川崎市、大田区の商標登録なら、プレシャス国際特許商標事務所

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