商標登録ニュース | 弁理士の商標登録出願申請/商標権更新/意匠登録

商標登録プレシャス
商標登録
trademark registration

東京都港区  
プレシャス国際特許商標事務所
弁理士 日本弁理士会会員

まるや八丁味噌(愛知県岡崎市)は、創業が延元2(1337)年です。

今でも八丁味噌を作り続けています。

八丁味噌と呼ばれ、木桶仕込み、天然醸造で2年以上時間をかけることなどその品質の高さから全国的に有名になりました。

 

 

 

ご飯は食べる人から見て、「ご飯が左」です。

ご飯が左の理由は、古来より神様にお供えしたり、お米はとても神聖なものとされました。また、年貢として納めていたり、通貨のように用いられたり、高い価値がありました。

例えば、ご飯、お寿司、おにぎり、お粥など、お米にまつわる言葉に「御」がつけられています。

日本では、左上右下(さじょううげ)という左側を上位とする伝統的な考え方があり、例えば、左大臣の方が右大臣よりも位が上です。

そのため、お茶碗を左側におくといわれています。

また、陰陽五行思想により、ご飯は陽、汁物は陰であることに基づいて配置が決められたとする説、汁椀はお茶碗よりも高さが低いため、奥にある主菜を取りやすいように汁椀を右側に置いているという説などもあります。

この茶碗と汁椀の配置は平安時代には確立していたと言われており、1200年超も変わらず受け継がれています。

江戸菓子の商標登録

秋色最中、秋色羊羹、秋色汁粉は、商標登録になっています。

元禄創業

玄米粉の団子を利用した団子を山帰来の葉で包んだ里の餅

 

伊勢のやさしいお福わけ

御福餅は、伊勢を訪れる旅人に餡餅をお福わけしたことからはじまったといわれています。

「御福」は、伊勢市二見浦に縁があるアマノウズメノミコト(天知女命)の通称からいただいたといわれています。

御福餅の形は二見浦の清き渚に打ち寄せる波」を手作りで表現しているとされています。

きびだんごは、1856年、幕末の安政3年に誕生しました。

桃太郎の鬼退治のお土産として、日清・日露戦争中に有名になりました。

桃太郎の物語は、むかし、むかし、おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。

そこへ、ドンブラコッコと流れてきたのは桃でした。

その桃から、

オギャーと生まれた男の子が桃太郎です。

この桃太郎は、たちまちすくすくと大きくなって、おじいさんとおばあさんに、こう言いました。

「鬼ヶ島に鬼退治に行ってきます。

きびだんごをつくってください。

おばあさん」

さてさて、そのきびだんごをほしさに、犬、猿、雉がお供について、

みごと、鬼退治を成し遂げたそうな

あっぱれ!あっぱれ!

 

 

端午の節供と言えば、柏餅、菖蒲湯、鯉のぼりです。

端午の節供には、よもぎ、菖蒲といった香りの強い薬草で、邪気を祓いました。

今では、端午の節供に、緑のあるお菓子を食べる風習になっています。

柏餅は、子孫繁栄を表す柏の葉で包んでいます。

かしわ餅は、こし餡、つぶし餡、みそ餡があります。

その製法は、地方、製造会社により、異なります。

1つの例として、

こし餡は、甘味をおさえ、上品な皮むき餡を蒸したて、つきたての上新粉の皮で包んでいます。

つぶし餡は、上新紛の皮に伊豆産のよもぎをつき込みんでいます。餡は、小豆のつぶし餡です。

みそ餡は、皮は淡い黄色で、風味がよいみそ餡に西京味噌とすり鉢であてた白胡麻を合わせています。

団子生地を青笹で包み、よい香りがするように蒸しあげます。

黒糖

黒糖は、例えば、牡蛎にあたったときに、飲むと効果を発揮します。

 

 

天国にふさわしい家

ルナレインボーの商標登録

「ルナレインボー」を見たことがありますか?

日本語の訳は、月光虹。

強い月光によって現れる虹のことです。

ルナレインボーは、夜に空に昇る月の光源に照らされて光っているのです。

このルナレインボーができるにはいくつか条件があり、普通の虹(日光)に比べれると確率が非常に低くなります。

以下のその条件です。

  1. 満月であること
  1. 雲が極力ないこと
  1. 月が低い位置にあること
  1. 空が十分に暗いこと
  1. 空気中の水分が十分にあること

滝があるところはルナレインボーを観測しやすいですが、非常に稀です。

日本では、2013年10月16日の18時半頃、ぐんま天文台で観測されました。

その日は満月の前の時で、台風が過ぎ去って小雨が降っていたようでとてもキレイなルナレインボーができました。

その前は、2006年の10月、ぐんま天文台で見ることができました。

アフリカ南部のヴィクトリア、南アメリカのイグアス、北アメリカのナイアガラの3つの滝は世界三⼤瀑布と言われています。

そのような滝で、条件があえば、見ることができます。

ヴィクトリアの滝は、6月、7月に、満月の頃見ることができます。

神秘的な現象です。

古くからハワイの人々の間では「祖先の霊が宿る虹」と信じられており、「最高の祝福」の象徴であり、「見た人にとって大きな変化の前触れ」とされています。

ハワイでは、「ルナレインボーを見た人には幸せが訪れる」といわれています。

現時点で、コロナが増え続けています。

先週の日曜日の3月21日に、緊急事態宣言が解除されました。

3月7日に2週間の延長を決めて、東京、神奈川、千葉、埼玉は21日までに伸ばしました。

21日の時点で、今後、増えると予測されていましたが、21日で解除しました。

このタイミングで解除した主な理由は、東京オリンピックを開催するためには、21日のタイミングで解除する必要があると判断したため、21日で解除したと思います。

その他にも、ビジネスのことなどもありますが、ビジネスのことを考えるのなら、7日で解除をしてもよかったと思いますが、オリンピックを開催するため、25日からの聖火リレーが始まる前の21日に解除したと思います。

このオリンピックスケジュールから考えた解除は、1週間を経た、今、失敗であることが明らかになりました。

緊急事態宣言中の3月上旬ぐらいから、人の流れは激しくなり、東京では、電車は、コロナ前の戻り、混雑していました。

緊急事態宣言を出しても、人々は慣れてしまい、自粛をしなくなりました。

そのため、緊急事態宣言自体の効果はなくなっています。

しかしながら、春休みの前の3月21日に解除したことで、さらに、人の流れの増加を助長し、タイミングとしては最悪のタイミングで解除しました。

このタイミングの問題は、AIでは判断はできないと思います。

人間の感性、総合的な判断が必要です。

今は、コロナ前に、戻ってしまいました。

特に、子供が多く集まり、しかもマスクをしていない子供多くなっています。

繰り返しになりますが、3月21日の解除のタイミングは最悪です。

一番解除してはいけないタイミングであり、中途半端のことをしてしまいました。

3月7日で解除するか、4月まで延長するか、どちらにすべきであったと考えます。

カンがよい政治家が本当に少なくなったと思います。

さて、基本的には、今まで、自民党を支持していました。

今の菅総理は、自民党が民主党に負けて、自民党が野党となったときに、自民党神奈川県連で、自民党復活の先頭に立ち、活動していました。

その甲斐あり、次の選挙で、自民党は民主党に勝ち、政権に返り咲きました。

自民党の復活に貢献しました一人ですが、今度は、自民党が大敗するときの総理になると思います。

総理としては、あまりにも向いていない方を総理にしたことが、自民党を大敗させることになると思います。

菅さんがそうなることは、時代の流れから考えると法則であると思います。

ただし、徳川慶喜で徳川家が最後になりましたが、自民党は最後ではなく、選挙ですから、また、自民党が復活すると考えます。

9月の任期までに、いつ解散するか、難しい判断になりますが、

コロナの解除の時期の判断をまちがっているので、衆議院の解散の時期もまちがえると思います。

MISIAの商標登録

MISIAさんの、

MISIAの商標登録は第9類及び第41類に株式会社リズメディアによりなされています。

さて、今、「逢いたくていま」にはまっています。

遅いですが。

昔は、「Everything」でした。

「逢いたくていま」は、若くして、これが最期と覚悟して、綴った手紙を見て、書かれたと聞いています。

その手紙はそんなに昔ではなく、76年前のことです。

まだ、その頃を知る方々も生きておられます。

逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて、たまらない人との別れ。

時代の波に呑まれて、翻弄され、引き裂かれた思い。

その情感が見事に表現されていると感じます。

未来につながる名曲です。

以下、ウィキペディア(Wikipedia)の記載です。

MISIAが、おおよその設定と原作を読んで命をテーマにした歌を書きたいと決意した際、鹿児島出身の仕事仲間から勧められた知覧特攻平和会館とホタル館富屋食堂へ翌日、日帰りで一人訪れ、知覧特攻平和会館で開館時間からほぼ丸一日、特攻に赴く前の兵士が家族や恋人に宛てた手紙の展示を読み、

「これ以上、切実に会いたいという思いが込められた手紙はない」と、命の重さ、人と人との絆を改めて実感して、曲の芯の部分が定まり制作された。